山本 初太 やまもと ういた


 

人物。西城寺初南賛が子役俳優として活動していた頃の芸名。
当時の本名は「山本初南賛」であり、子役デビューする時に、思うところがあった母・亜紀の計らいで
「初南賛」から一文字取った「初太」の芸名をつけられた。

初南賛が山本初太として活動していた時期は4~8歳まで。
最初は子供モデルとしての活動のみであったが、映画「空と海の交差点」にて本格的に子役俳優デビュー。
その天才的な演技が脚光を浴び、大ブレイクした。
その後製作された「空と海の~」の続編と、新作一本の主演をこなすが、その後はあっさりと引退してしまう。
天才子役の謎の引退に様々な憶測が飛び交い、当時の週刊誌やワイドショーを賑わせた。
しかし時が経つにつれて存在自体が風化していき、一部の熱烈なファンを除いては世間から完全に忘れ去られた。

当時はマイケル・S・山本の息子であるということは、うっすらと周囲に明かしてはいたが、
女優・杜若亜紀の息子であるということは現在に至るまで極秘である。

 

出典


トップ   新規 一覧 検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS